なぜサービス残業は横行するのか~社会心理学的見地から~

昨今、ブラック企業に対する世間の目が厳しくなってきました。しかし社会からブラック企業がなくなったという話は聞きません。これは非常に根深い問題であり、解決するにはまだまだ時間がかかりそうです。今回は問題のひとつである時間外労働、いわゆるサービス残業について扱っていきたいと思います。

 

 

なぜサービス残業はなくならないのか

 

なぜサービス残業はなくならないのでしょうか。今回はその問いを、社会心理学的見地から考えていきます。

 

まずは、クイズです。

 

Aさんは喫煙者で、あまり病気になりたくないと思っています。ある日、いつもタバコを吸うときに使っているコンビニの前で「タバコはがんの原因になる」と書かれたポスターを目にしました。Aさんはその後、どうするでしょうか。

 

1.タバコをやめた

2.そのコンビニに行かなくなった

3.「がんになってもいいや」と思った

4.長生きしている喫煙者を思い出し、「タバコはそんなに体に悪くないはず」と思った

 

 

どれもありえそうですね。

 

この1~4の行動の理由をすべて説明できる理論があります。

それがこちら。

 認知的不協和理論(Festinger,1957)

二つの認知の間の不協和は不快であるため、人間はその不協和を低減、回避しようとする。

 

簡単に言うと、人間は自分の態度と行動に矛盾が生じることを嫌う、ということです。

 

先ほどのクイズを思い返してください。

Aさんは「タバコを吸う」という行動をしていました。しかしある日ポスターを見て、タバコに対し「タバコは身体に悪いものである」という態度を覚えます。

また、前提としてAさんは「病気になりたくない」という態度をとっています。

よって態度と行動に矛盾が生じます。

 

Aさんは、この矛盾を解消しようとして振る舞います。

 

その結果、

1.タバコをやめたら、行動を変化させたことになります。

 

2.そのコンビニに行かなくなったなら、認知の矛盾を発生させたポスターとの接触を避ける(=行動を変化させる)ことで、矛盾の発生を回避していると言えます。

 

3.「がんになってもいいや」と思った場合は、「病気になりたくない」という態度を変化させたことになります。

 

4.長生きしている喫煙者を思い出し「タバコはそんなに体に悪くないはず」と思ったなら、「タバコは身体に悪いものである」という態度を変化させたということです。

 

 

 

興味深いのは、これらが無自覚的に行われている点です。

 

たとえばAさんは「タバコはそんなに体に悪くないはず」という態度に至るまでに「なんとかしてこの矛盾を解消しなければならない!」と意識して考えているわけではないのです。

 

 

 

どういうときに態度が変化するのか

 

矛盾が生じたとき、態度変化が起きやすい条件のひとつに「十分な報酬が与えられなかったとき」というのがあります。

 

 

 

こんな実験を紹介しましょう。

 

 

まず、参加者たちに退屈な作業をさせます。その後、「次の参加者に『この作業は楽しかった』と言ってほしい」と依頼します。その依頼を引き受けた場合、20ドル与える、と。

そして「作業は楽しかった」と次の参加者に伝えてもらったら、最後に「この作業は楽しかったか」というアンケートに答えてもらいます。

 

彼らの多くは「作業は楽しくなかった」と答えました。

 

そこで、また別の参加者たちにも同じ作業をさせ、「次の参加者に『作業は楽しかった』と言ってほしい」という依頼をしました。そして今度は、依頼を引き受けた場合は1ドル与える、と、金額を大幅に減らしました。

 

するとどうでしょう。最後のアンケートで「作業は楽しかった」と答える人が増えたのです。(Festinger&Carlsmith, 1959)

 

 

 

前者の参加者たちは「『作業は楽しかった』と言ったのは20ドルもらったからだ、実際は楽しくなかった」と考えました。

一方、後者の参加者たちは「『作業は楽しかった』と言ったが1ドルしかもらっていない。割に合わないのではないか。自分はたった1ドルのために『楽しかった』と嘘をついたのか?」と、自分の行動と態度に矛盾を感じました。この矛盾を解消するために「いや、そうではない、作業は本当は楽しかったのだ、だから自発的に『楽しかった』と言ったのだ」と態度を変更した、と考えられます。

 

つまり人間は、行動に対する報酬が不十分だった場合、自分は自発的にその行動をとったのだと思い込む傾向にあるのです。

 

繰り返しますが、これらは無意識のうちに行われています。

 

 

サービス残業をなくすには 

 

話の先が見えてきましたね。

 

つまり、賃金が支払われないサービス残業は、賃金が支払われないがゆえに、従業員に「自分は残業したいから残業しているのだ」という錯覚を与えているのです。

 

この錯覚によって、本来なら「めちゃくちゃ嫌で今すぐ会社をやめて転職したいくらいの忌避感」が「嫌だけどまぁ仕方ないか」くらいの感情に低減されている、と考えられます。

 

 まず、この仕組みを知ることが重要です。

「自分はもしかしたら認知的不協和理論に踊らされているのではないか?」と、疑ってください。

 

この仕組みに気づいて、全従業員が本気でサービス残業に抵抗する姿勢を見せたら。

あるいは、全社員が本気で転職を考え始めたら。

 

この世界からサービス残業がなくなる日も、近いかもしれません。